写真集紹介
[BIRTH] Photo:澁谷征司

四角い物語が溶け出し始める
その物語は静謐に、そして饒舌に
「冷たい優しさ」の体験を語り始める
越えた写真である。
誰が、何が、の説明が必要ないのだ。どこの国だとか、どんな個性であることも意味がないのだ。こんな写真を見せられたら、見せられた側は目の前の写真にただ浸ればいい、と思う。詮索も期待も何もいらない。ただただ、この静かな渋谷征司の視線が捉えたものに、己の視線を重ねればいいのだ。
情報のいらないそんな静かな行為によって、渋谷が切り取った風景の四角い物語は、見る側に向かってゆっくり溶け出し始める。その物語は静謐に、あるいは饒舌に、通常の写真が語るメッセージとは少し違った印象を伝えてくる。それは今まであまり経験したことのない類の「時間」体験だ。
渋谷の言葉を借りれば「顔のない海。透明な音楽を包む霧。神様を迎えた池。深い森を抜けてゆく小川。ロックンロールを運ぶ黒い運河」という印象的な数々の比類無き時間が、この「BIRTH」という一冊の写真集に収められている。
表紙の写真を見た時、私は不思議な体験をした。写真のたたずまいに「何か」があったのだ。気持ちが静まりかえり、耳で写真を見るような姿勢を取らされたのだ。だから私はただただその写真を黙って長いこと眺めた。なかなか無い経験だった。感情の抑制がよく利いた写真だな、と思った。それはとりもなおさず渋谷征司という写真家の人間性が如実に現れた結果だろう。いい意味での「冷たい優しさ」で眺めた体験が写真全体を覆っている。その温度感が比率はともかく理知的でありながら詩的であるという相反する感覚を、うまく御する効果を生み出しているような気がした。久々に無条件に褒めたくなるような写真に出会った、と思った。
写真を見る限り中判から大判のカメラを使っていることは分かるのだが、そんな情報はさておき私がとても興味深かったのは彼の写真家としての成り立ち方である。プロフィールを読むと、1975年生まれだから今年で33歳なのだが、写真の落ち着き方を見る限りもはや「自分」を見つけているようだ。被写体としての自然と人間との間には、ごくわずかな温度の差が垣間見えるがそれは対象に対しての興奮の度合いの違いだろう。そして面白いのは、彼の写真が「独学」であるところだ。考えようによってはそれがいい結果に繋がっているのではないだろうか。テクニックといった形から入らず、撮りたくて撮った場合の良さが写真に滲んでいるのだ。「日本人」としての表現者である前に、感受性がすでに国境を越えているからだ。また一人素晴らしい写真家が現れたな、と思った。
澁谷征司 [BIRTH]
B285×320mm 132P
AD=近藤一弥
本体価格5000円
赤々舎刊
コマーシャル・フォト(玄光社) 2008年3月号掲載