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写真集紹介

100803

[Noto] Photo:中 乃波木

福餅のような写真集である
ふんわりと柔らかそうだが
期待させるあんこが入っている

目が散歩している。ゆっくり散歩している。
この写真集を初めて見たときに感じた感想である。肩の力を抜いてブラリブラリ。カメラを首から下げて、頭の中を伸びをさせてフラリフラリ。そして撮った写真は、一番大事な記憶そのものではなく、最終的にはそこに繋がっていくのだけれど、中心ではないその回りに漂う何気ないニュアンス。それは核ではないから梅干しで言えば、種や果肉じゃない印象のほう。たき火で言えば、火や燃える物ではなく煙のほう。でも、結局は核にならないものもまた、間接的に形を変えて核の「体」を表す。 それは五感を通すと、梅干しを酸味として捉えていたり、たき火を煙の匂いから喚起させるといった、副次的に残されたものが再現する核のイメージ。サラリとしていて気負いがなく、ふんわりとしているくせに中には何かが入っている、このまるで大福餅のような写真を撮ったのが、中乃波木”なか のはぎ”と読む若手写真家である。

タイトルは「Noto」。石川県能登半島のあの能登である。中学一年の時に、柳田村という
能登半島の真ん中あたりにある村に越してきた著者が、ふるさととして愛してやまない能登を新鮮な切り口で捉えた写真集である。
似たような気持ちを持った人が同じテーマで写真を撮っても、こんな感じにはならないだろう。能登を私的に撮ったことがこの写真集を特異なものにしている。その理由が冒頭の箇所なのである。梅干しやたき火や大福餅などというとんでもない例を持ち出して説明をしてしまったが、このプライベート色一杯の写真を通して通り一遍の能登ではない「彼女の能登」が私に伝わったからである。

散歩するような彼女の柔らかな視線を通して、もう一つの能登が見えたからである。パラパラとめくると一見どこにでもありそうな風景に見えるが、ゆっくり見るとどこでもない「彼女の能登」がしっかり写っている。これこそが一点では伝わらないが、複数の写真を組み立てることでボディブロウのように効果の出てくる写真集の面白さだろう。
「今の写真」である。一点ではメッセージ性は弱いけれど、軽味ある日常性と空気感の集積で能登が表現されている。しかし、むしろそんな今風な特徴を持つ写真だからこそこの写真集は成功している気がする。他の人ならきっと肩に力が入った能登になるだろう。しかし「彼女の能登」は、原寸大で新鮮なのだ。やはり彼女は大福餅かもしれない。中のあんこがこれからどんな風に育つのか期待したくなるのだ。


中 乃波木[Noto]
B5変型 72P
本体価格2500円
フォイル刊

コマーシャル・フォト(玄光社) 2008年月2号掲載

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